rikの新句(十九音)独り言。固定概念にはとらわれず、現時点で「生きている証明」をしようとした日々のお便り。 このブログは、『青空のホームページ』の一部(日々更新される部分)として作成し、カウンターは通算用です。
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寝たきりと、よいよいになる食事に注意!
何となく現代の食生活は、寝たきりやよいよいになる近道のようである。なぜならば、化学薬品が含まれているものが多いからである。確かに、腐ったりしない。でも、食べている人の腸内細菌がやられてしまう。
また、防腐剤を食べ続けた結果でしょう、団地で孤独死をした人が腐敗をしないで六ヶ月もしてから発見されたりする。スーパーやコンビニのおにぎりやサンドイッチ、そしてパックに入った弁当ばかりを食べていた。したがって、自分の身体も腐らずにミイラ化をしていたらしい。
とにかく、食生活には注意をしたいものである。rikの「化学薬品症候群」を参考にして欲しい。
何となく現代の食生活は、寝たきりやよいよいになる近道のようである。なぜならば、化学薬品が含まれているものが多いからである。確かに、腐ったりしない。でも、食べている人の腸内細菌がやられてしまう。
また、防腐剤を食べ続けた結果でしょう、団地で孤独死をした人が腐敗をしないで六ヶ月もしてから発見されたりする。スーパーやコンビニのおにぎりやサンドイッチ、そしてパックに入った弁当ばかりを食べていた。したがって、自分の身体も腐らずにミイラ化をしていたらしい。
とにかく、食生活には注意をしたいものである。rikの「化学薬品症候群」を参考にして欲しい。
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水分は消毒をして、飲みたくもあり。
人体は、体重の半分以上が水分である。そして水分は、身体にとって非常に大切な要素。その水分を摂るときに私たちは、あまりにも無関心である。
例えば、水道水をそのまま飲む。また、清涼飲料水に頼ってしまう。それは、あまり人体に好ましくないであろう。塩素などを含んだままに飲んだり、生水でない加工水を多量に飲んだりするからである。
清冽な地下水をそのまま飲むのがよいことは、何となくわかる。しかし、そのようなことができない地域が多くなってしまった。そこで、私はハーレーで濾過してから地下水を飲んでいる。それとともに、アルコールで消毒した地下水を飲む。つまり、富士山系から湧出した地下水に、5パーセントのアルコールを加えた近くの工場で造られたビールを利用するのである。
人体は、体重の半分以上が水分である。そして水分は、身体にとって非常に大切な要素。その水分を摂るときに私たちは、あまりにも無関心である。
例えば、水道水をそのまま飲む。また、清涼飲料水に頼ってしまう。それは、あまり人体に好ましくないであろう。塩素などを含んだままに飲んだり、生水でない加工水を多量に飲んだりするからである。
清冽な地下水をそのまま飲むのがよいことは、何となくわかる。しかし、そのようなことができない地域が多くなってしまった。そこで、私はハーレーで濾過してから地下水を飲んでいる。それとともに、アルコールで消毒した地下水を飲む。つまり、富士山系から湧出した地下水に、5パーセントのアルコールを加えた近くの工場で造られたビールを利用するのである。
恐竜の骨は、いったい何を意味する?
恐竜の化石や骨が発掘される。すると、その生前の形を想像する。骨があることは、その生前があったということだから、当然なことである。
しかし天の邪鬼の人は、そうは考えない。つまり、骨が最初から骨としてあったので、恐竜がいたこととは関係がないと言うのである。なぜならば、神様は最初から骨を骨として創造したと考えるのである。
そんな考えは、馬鹿げていると言う。しかし、天動説が常識になる前の時代や、進化論が信じられていた時代には、似たようなことがありがち。何でも原因があって、その結果があると考えるのが現代の常識ではあるが、原因があっても結果がなく、結果があっても原因のないことも、あるいはあるのかもしれない。
恐竜の化石や骨が発掘される。すると、その生前の形を想像する。骨があることは、その生前があったということだから、当然なことである。
しかし天の邪鬼の人は、そうは考えない。つまり、骨が最初から骨としてあったので、恐竜がいたこととは関係がないと言うのである。なぜならば、神様は最初から骨を骨として創造したと考えるのである。
そんな考えは、馬鹿げていると言う。しかし、天動説が常識になる前の時代や、進化論が信じられていた時代には、似たようなことがありがち。何でも原因があって、その結果があると考えるのが現代の常識ではあるが、原因があっても結果がなく、結果があっても原因のないことも、あるいはあるのかもしれない。
情報が多いと、何が真実なのか?
YouTube動画で調べていると、正反対の意見などがある。また、あまり吟味をされていないままに、記事になっているものも多い。人生のすべてを明らかにしようと考えても、なかなかうまく行かない。
私は、「生まれる前」「一生の間」「死後の空間」などを知りたいと思っている。しかし、それらをすべて解決するような動画はないみたい。
しかたがないので、
(1) 時間とは何か? 実際にはないが、利便のために概念が作られている。
(2) 人間の脳とは何か? 脳は、いわゆる人間に寄生した生き物。
(3) 人間は、どこにいるのか? つまり、11次元の空間にいて、生きている間は重力に縛られている。したがって、平衡宇宙の存在に気付かない。
というテーマに分けて、研究をしている。
YouTube動画で調べていると、正反対の意見などがある。また、あまり吟味をされていないままに、記事になっているものも多い。人生のすべてを明らかにしようと考えても、なかなかうまく行かない。
私は、「生まれる前」「一生の間」「死後の空間」などを知りたいと思っている。しかし、それらをすべて解決するような動画はないみたい。
しかたがないので、
(1) 時間とは何か? 実際にはないが、利便のために概念が作られている。
(2) 人間の脳とは何か? 脳は、いわゆる人間に寄生した生き物。
(3) 人間は、どこにいるのか? つまり、11次元の空間にいて、生きている間は重力に縛られている。したがって、平衡宇宙の存在に気付かない。
というテーマに分けて、研究をしている。
時間とは、いったい何であるのだろうか?
なぜ時間があるのだろうか? 一生とは、何であろうか? そもそも時間とは、いったい何であろうか?
私は、時間とは概念に過ぎないのではないかと思う。つまり、運動があるから時間の概念ができるのである。そして、現代において運動のない社会などは、考えられないからである。
したがって、それは相対的なものであろう。仮に、99万円以上を持っている人を金持ちとする。すると、そうでない人は貧乏人になってしまう。つまり、価値観の問題で、基準をどこに置くかを決めるのである。するといったい、自分の一生とは何であろうか?
なぜ時間があるのだろうか? 一生とは、何であろうか? そもそも時間とは、いったい何であろうか?
私は、時間とは概念に過ぎないのではないかと思う。つまり、運動があるから時間の概念ができるのである。そして、現代において運動のない社会などは、考えられないからである。
したがって、それは相対的なものであろう。仮に、99万円以上を持っている人を金持ちとする。すると、そうでない人は貧乏人になってしまう。つまり、価値観の問題で、基準をどこに置くかを決めるのである。するといったい、自分の一生とは何であろうか?
ドン=キホーテの悲しみは、それなりにある。
ときどき「ドン=キホーテ」の映画を見る。歌劇になっているものもあり、「ラ・マンチャの男」の場合もある。私は、主人公が笑いものになっているのに、人間性の悲しみを感じる。つまり、キホーテとパンサの人間性に対して、自分の中にある感情が働いてしまうらしい。
おかしみでも、「ミスタービーン」のような「単純で軽い」(と思わせるように作ってある)愚かさに対する感情とはずいぶん異なる。
人間の本質に関する滑稽さは、何ともしがたい。最後に本を焼いて、キリスト教徒として死ぬくだりでは悲しみがこみ上げる。ラ・マンチャでは、キホーテとパンサが宗教裁判を受けるために、階段を上がっていくところなどは、何ともやりきれない気持ちがする。
ときどき「ドン=キホーテ」の映画を見る。歌劇になっているものもあり、「ラ・マンチャの男」の場合もある。私は、主人公が笑いものになっているのに、人間性の悲しみを感じる。つまり、キホーテとパンサの人間性に対して、自分の中にある感情が働いてしまうらしい。
おかしみでも、「ミスタービーン」のような「単純で軽い」(と思わせるように作ってある)愚かさに対する感情とはずいぶん異なる。
人間の本質に関する滑稽さは、何ともしがたい。最後に本を焼いて、キリスト教徒として死ぬくだりでは悲しみがこみ上げる。ラ・マンチャでは、キホーテとパンサが宗教裁判を受けるために、階段を上がっていくところなどは、何ともやりきれない気持ちがする。
勝五郎、それなりに知る、死後の空間。
丹波哲郎や宜保愛子のYouTube動画を見ることもある。最近は、「大霊界3」というのを見た。小泉八雲の記述をもとにして、勝五郎のテーマを丹波流に解釈したものである。
私は、死んで生まれ変わるとは思わない。そもそも死なないのである。重力の作用がいわゆる生前と異なるので、天井から自分自身の死体を見ているというのは、もっともなことであろう。
映画になった程久保にある勝五郎の前世の家なども、何回も前をとおったことがある。昔の農家なので、どれも似たような感じである。また、映画の中では姉弟の年齢が離れていたが、もっと近かったのではないか。
丹波哲郎や宜保愛子のYouTube動画を見ることもある。最近は、「大霊界3」というのを見た。小泉八雲の記述をもとにして、勝五郎のテーマを丹波流に解釈したものである。
私は、死んで生まれ変わるとは思わない。そもそも死なないのである。重力の作用がいわゆる生前と異なるので、天井から自分自身の死体を見ているというのは、もっともなことであろう。
映画になった程久保にある勝五郎の前世の家なども、何回も前をとおったことがある。昔の農家なので、どれも似たような感じである。また、映画の中では姉弟の年齢が離れていたが、もっと近かったのではないか。
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