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rikの新句(十九音)独り言。固定概念にはとらわれず、現時点で「生きている証明」をしました。
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ニワトリの飼い方などと、比べてみたり。


ケンタッキーにある広い養鶏場。たくさんの鶏(ニワトリ)がいる。しかし、彼らは白い背広を着てでっぷりと太った笑顔のカーネル=サンダースおじさんが考えていることなどを知るよしがない。

実は、その養鶏場で何が行われているか、私(rik)は知らないんだ。
そこで、一般的な話。まず、放し飼いの場合。ある程度の自由はある。
しかし、よく見ると毛がないのがいる。他のニワトリがつつくからである。それでも、いじめられたニワトリは仲間のほうによろよろと近づく。そのようなのを入れておかないと、ストレスがたまってしまうらしい。
楳図かずおの『まことちゃん』には、美人コンテストのときに引き立つように一人だけ見劣りのする小さな美佳ちゃんを入れたと企画者に言わせている。

個別に、檻で育てる方式もあるらしい。餌などは、ベルトコンベアで運ばれる。さらに、運動をする必要がないので、ひよこのときに両足を切断してしまうとか、……
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インスリン、不足しがちな身体(からだ)愛(いと)しむ。


なぜだろうか。身体が失調してしまって、食後にインスリンが満足に分泌しないらしい。そのために、いつまでも血糖値が高いことがある。つまり、尿糖が数時間「+++」(2000mg/dl)くらいの価になってしまう。

その結果、うつらうつら。気分も朦朧としている。
以前は2時間で「検出限界以下」に戻ったのであるが、最近になって6時間も戻らないことがある。
おそらく、ホメオスタシスが入院・手術後に失調してしまったのであろう。
非常に困ったことである。なぜならば、この状態が続くと失明をしたり、やがて廃人になったりしてしまうからだ。また、認知症やアルツハイマー病を発祥する懸念もあるらしい。

早めに、何とかしなければならない。
糖尿と高血圧は、困った問題!


どうも、ここのところ体調がよろしくない。
朝、いちばんで糖尿の検査をすると、かなり出ていることもある。とくに、前日に肉を食べた場合。肉といっても、せいぜい大戸屋の鶏肉ソースカツや吉野家の豚丼くらい。
もしかしたら、大食いをした翌日かもしれない。

それに、高血圧。
上が200前後、そして下は100を越えることがある。いつの間にか、まったく危ない状態になってしまった。雨が降ったりして、出かけられなかった日の翌日の朝は、かなり高くなってしまう。

もしかしたら、運動不足が血圧を高めるのかもしれない。
いずれにしても、ぼつぼつアウトになる前兆のようでもある。何とかして糖尿と高血圧は、早めに直しておきたい。
減量をする必要があると思いつ。


一般的に、老いてくると食べる量が減るという。しかし、私は還暦を過ぎても大食いが治らない。食べないと、腹が減ってしかたがないからだ。

そこで、つい大食いをしてしまう。
その結果、血圧が上がったり、糖尿が出たりする次第。なぜならば、体内の血液量が増えたり、インシュリンの効きが悪くなったりするかららしい。
さらに、体重が増えることによって、膝にかかる負担も大きくなる。やがて、膝痛のために歩行が困難になるだろう。

したがって、何が何でも減量をしなければならない。そう思いつつも、確実な減量ができない。いったん減量を実現しても、意思が弱いために、しばらくしてリバウンドしてしまうからだ。
情けない次第である。
最近は、「コロンボ」よりも「俺がハマーだ」。


テレビドラマは、ふつう一時間。コマーシャルなどが入るので、正味45分くらいになる。そして、他にも二時間ものと30分ものがある。
「コロンボ」は、二時間番組。いっぽう「俺がハマーだ」は、30分。30分のものは、ふつう一時間に二本が入る。

かつては、「コロンボ」のような長編推理・探偵映画が好きだった。しかし、最近になって、何となく見る気がしなくなってしまった。内容が面白くないというわけではない。時間が長く感じるからである。
いっぽう「俺がハマーだ」などのように、ストーリが単純・明快であって短いものが気楽に見れる。少々の論理飛躍があっても、簡潔なほうが楽しい。同じ時間でも、小品が続いたほうが楽なのである。

もしかしたら、私(rik)の脳が弱まってきたのかもしれない。
三橋氏の書き残された人生の知恵。


「経団連友の会」で、ご一緒した三橋伝三郎さんがお亡くなりになって久しい。かつて、いろいろとご指導をいただいたので感謝をするとともに、とても懐かしい思いがする。
この度、ご子息の三橋章氏から三橋さんの書き残された冊子
 『健康美を実現する方策』……健康なきところに幸福なし
 『神仏の恵み』……幸福・調和・平和への道
 『不思議な話』……事実は理論に勝る
の三冊をいただいた。

いずれも短い言葉の中に、含蓄のある内容がつまっている。古今東西の知恵の結晶ともいえる引用もあって、素晴らしいエッセイだと思う。
大いに学ぶことがあるので、何回も読み直してみた。すると、不思議なことに三橋さんが眼前におられるような気がする。
合掌。
恥ばかりかいた生き様、消したくもあり。


とっくに還暦を過ぎてしまったが、現役のころを考えると、まったく恥のかきっぱなし。中途半端なことばかり、何一つ満足にできなかった。
思い出しても、慙愧(ざんき)の念に苛まれるばかり。

むろん、力が及ばなかったことは自分でもわかる。つまり、無能力者であったのだ。しかし、「盲蛇に怖じず」で物事の真実や正体を知らなかったばかりに、その恐ろしさや結果もわからない。我ながら無知な者は、向こう見ずなことを平気でするもんだなぁという体験を得ただけ。

さて、それではどうすればいいのかということになるのだが、この期に及んでそれもはっきりしない。だって、未だに似たり寄ったりの日々。
でも、おそらく記憶力が次第に衰えていって、あまり過去の恥や外聞が気にならなくなるのであろう。
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