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rikの新句(十九音)独り言。固定概念にはとらわれず、現時点で「生きている証明」をしました。
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何となく不真面目であるメールの世界。


ここのところ、いかがわしい内容のメールが、たくさん来るようになった。中には、インチキや汚らわしい内容のものも多い。

科学技術の最先端ツールであるインターネットをくだらないことに利用する愚かさは、何とも困ったことである。もっとも、そのようなことを続けてメリットがある立場も考えられる。

現代人がインターネットの社会で生きているのは、あたかもニワトリが飼われているような状態に置かれているのかもしれない。自分自身の立場がわからないままに、貪欲に餌をついばんでいる。

やってくるメールの半分以上が、スパムや迷惑メールであると、もはや情報化社会で何をしているのかが、私にはわからない。ムダが多く、効率が悪いからである。


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要(い)らぬもの、使わぬものが、あまりに多し。


部屋にある品物や持ち物を改めてみて、まったく驚いた。
いわゆるガラクタや不要物が、あまりにも多いのである。おそらく、死ぬまで使わないであろう品物が、かなりあった。そして、今となっては何のために、それを求めたのかがわからない。

品物ばかりではない。自分自身が作成したメモなども、まったく価値がないだろう。もしかしたら、小説などのモチーフに使おうかとも考えたのだが、その必要もなくなってしまった。

したがって、少しずつ整理をしていこうと思う。まず、不要なものは思い切って捨てる。また、くだらない断片やメモなどは削除してしまう。そのような作業をぼつぼつ始めたい。

人生とは、いったい何のためにあるのだろうか。

野暮ったいデザインであり、HPとプログ。


このプログ、何とも野暮ったいスタイル。デザインが垢抜けない。用意された型紙を見ると、いずれも素敵である。しかし、何も知らないままに自作をしたので、このような次第。きっと、センスを疑われてしまうだろう。

ホームページも、まったく同じ。わからないままに、少しずつ作ってきた。
そして、後で気がついたのである。

文字が大きい。(高齢者向けというよりか、自分自身が眼の弱いため)
写真がバカでかくて遅い。(ある程度、細部までわかるようにしたかった)
BGM(音楽)が鳴り出したり、朗読があったりする。(当初は、視聴覚が弱くなったオジン・オバンたちも対象として考えたため)

所詮、自分自身にセンスがないので、仕方のないことかもしれない。



「身勝手な人が多い」と、言う人もあり。


世の中には「身勝手な人が多い!」などと言って、こぼしたり、嘆く人が多い。また、怒(いか)ったりする。実は、私もそうかもしれない。

しかし、考えてみれば身勝手と言われる人も、それを怒る人も「それが当然」。なぜならば、本来「ヒトの遺伝子が、そうなっている」らしいからである。

だから、最初からオーソドックスなほうの考え方をすると、怒りや愚痴も生じない。でも、社会が荒(すさ)んでくると、いきおい常識や良心も失われてしまう。例えば、戦争中。また、暴動の最中(さなか)。

そんな中でも、何とかして平常心を失わないようにしたい。
と、まぁ考えるのだが、……

「主人公」、この言葉には深い意味あり。


主人公という言葉は、意味深長。私は、つくづくと思う。
徳山(とくざん)の孫弟子だった師彦和尚(しげんおしょう)には、独り言をいう癖があったらしい。

それが、まず「主人公!」という言葉。つまり、相手に話しかけるのである。
すると、それに自分自身が次のように答える。
「はい。」

「いつも、冷静であれ。平常心を失うな!」
「はい。はい。」
「誰かに、騙(だま)されるな。人を騙すな。自分自身に騙されるな!」
「はい。はい。はい。」

つまり、一連の自問自答なのである。

新川に大仏のある寺、見つけたり。


三鷹市新川に、大仏のある寺があった。しかし、ちょっと三鷹駅からは行きにくく、最寄の駅は京王線「つつじヶ丘」。そこから、北に歩いて1.5キロメートルほどのところ。歩くのがしんどければ、仙川駅からバスに乗ってもよい。

春清寺という幼稚園も経営しているお寺。境内は、なかなか落ち着いている。
そのお名前は「多摩大仏」と言って、かなり大きく、海老茶色の衣をまとわれて金色(こんじき)に輝いている。
何となく、スリランカ風の大仏である。

写真は、右の『青空のホームページ』にある「美術エクジビション」の「つつじヶ丘駅周辺」にあります。

ナマケモノ、見れば見るほど動作緩慢。


いままで、ナマケモノはほとんどの動物園にいなかった。教育学的見地からなのだろうか。しかし、先日(2008年4月3日、木曜日)ふと思って、念のために係員に聞いてみた。すると、「いる」と言うではないか。

上野動物園である。さすがだと、私は思った。友達と上野顔大仏を見た帰り。まったく運がよかったことに、ちょうどそのときナマケモノは小屋の外にある木の運動場に出ていた。そこで、デジカメでパチリ。

動きが遅いのは、ナマケモノが「怠け者」のためではない。
ナマケモノは「樹懶」と書き、貧歯目ナマケモノ科の哺乳類の総称である。体長は約50センチ、鉤(かぎ)状の爪で木の枝にぶら下がる。歯が不完全だから、柔らかな木の葉や芽を食べる。代謝が遅いので、動作が緩慢に見える。

見ていると、不思議な感じのする動物だ。
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