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rikの新句(十九音)独り言。固定概念にはとらわれず、現時点で「生きている証明」をしました。
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恐ろしい糖尿病を早めに治す。


糖尿病がおっかないのは、その初期には無症状で、気付かないことである。早期発見をして、何とか早めに治したい。その予備軍を含めると、日本中で2000万人もいるらしい。

合併症になったらアウト。太い血管の障害として、脳梗塞や心筋梗塞の危険が生じる。細い血管に対しては、失明・腎不全による透析・神経障害などがあり、いずれも人生をダメにしてしまう。

必ずしも「尿に糖が出ているから糖尿病」でもないし、「尿に糖が出ていないから糖尿病でない」わけでない。正確には、血液中の血糖値が基準値よりも高くなった状態。やはり、血液で測定する必要がある。喉が渇いて水をガブガブ飲む・オシッコの回数が多い・体重の減少などがあったら、病院に行って血糖値を図る必要があるでしょう。
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頭蓋骨、不思議な形、スターチャイルド。


水晶の頭蓋骨も不思議であるが、スターチャイルドは実物の頭蓋骨なので、何とも不気味・不可解である。

水晶頭蓋骨は、古代マヤで作られた人間の頭蓋骨模型で、十数個が発見されている。それらは、大きな一つの水晶から作られており、下顎骨部分が取外し可能。しかし、道具による加工痕がなく、水晶の石目を無視して彫られているので、どのようにして作ったのか現代科学では加工技術が謎である。

スターチャイルドは、メキシコチワワ州で発見された頭蓋骨。その形から人骨というよりか、それこそエイリアンのものだといえるだろう。そのようなものが現実にあるということは、もしかしたら人間と構造の異なった顔をもつ動物が実際に過去にいたことになるのではないか。
カンタンかカネタタキ鳴き、秋は来にけり。


カンタンかカネタタキかはわからないが、テラスに置いてあるキダチアロエの茂みで、カンカンと小さな声で鳴いている。このマンションに越してきて十年目、初めてのことである。しかし、まだ実物を見ていないのでカンタンかカネタタキかは、今のところわからない。

カンタンは、スズムシに似た昆虫。触角が長く、後羽をたたむと前羽の下から尾のように出る。秋に美しい音で鳴く。フランチェスコが会話をしたという逸話で有名である。

カネタタキは、コオロギの一種で、体長約一センチくらい。雄は短い前翅をもち、雌は翅をもたない。夏から秋にかけて、雄は鉦(かね)をたたくような声で鳴く。鉦は、鐘とは異なって下に伏せて置き、撞木(しゅもく)で打ち鳴らす金属性の仏具。台にかけて打ち鳴らす古代の楽器である鉦鼓(しょうこ)も。
キレる子とムカつく子たち、何が原因?


最近は、学校でもキレる子やムカつく子が増えているという。私には何が原因かという学問的な事の真偽はわからないが、自分なりに想像はできる。

それは、おそらく化学薬品が多量に体内に入って、脳のコントロールを阻害しているためでしょう。アルミニウムなども、摂取しすぎると脳の思考を乱すのではないでしょうか。

つまり、自分の感情を抑制することができずに、衝動的に行動をしてしまうのである。麻薬を常用している場合や酒を多量に飲んだ場合に似ている現象であり、自分がわからなくなった状態である。そんなために、そうならないように日常の注意が必要になってくる。なるべく化学薬品を摂取しないようにして、化学薬品症候群にならないようにする。つまり、飲み物や食べ物に注意をすると避けられるのではないか。

次々とすることがあるうちは幸せ。


高齢になると、何をするにも億劫になりがち。そして面倒くさいとか、億劫というような考えが出てきたら要注意。なぜならば、そのような状態が続くと、何もすることがなくなってしまう。いきおい身の回りも無関心・不注意になって、だらしなく不潔になる。

そんなことにならないためには日々注意をして、細かいことに対して慣れておくことが必要。思いついたらすぐにする。後でしようなどと考えないで、時間が許せば直ちに行う。

ちょうど、私たちの心臓や肺がたえず動いているように、身体も動かしていたほうがよい。夜に休むとき以外は、身体をこまめに動かして、たえず何かをするほうがよいだろう。なぜならば、必要に迫られて何かをしていると、常に脳を活性化できるからである。
簡単な方法がよい、老いたる日々は。


老いてくると、複雑なことが難しくなる。なぜならば、注意力や気力が散漫になるからだ。中には、そのようなことにならない人もいるが、多くは若いころの能力が落ちてしまう。そして、当然なことと諦めてしまいがち。

しかし、方法を簡素化して、何とか確実に処理することを考えることが必要。そのようにすると、簡単な方法でも何ら遜色のない結果を得られる。人生の知恵が含まれている方法は、すっきりしていて間違いないことが多い。

つまり、結論として言うと、仕事の量を増やすのではなく、仕事の質を高めるのである。質を高めるのは、方法論などを理解する。そのようなことは人生の経験が多いほど、実現可能であろう。老いたる日々などと言って、高齢者はひがむ必要はない。自分自身の経験と直感によって、かなりよい仕事ができるということを認識・自覚しておくべきではないか。
恥と悔いばかりが多い私(わたくし)の過去。


考えてみれば、今までに何と多くの恥をかいたことか。自分が無知であったり、軽率であったために、そのような結果になった。そして、それらのことに対して悔いる。つまり、後悔や自責の念にさいなまれるのだ。

もはや、過去の若気の至りなどというものではなく、スピノザの言ったような後悔をする不幸や無能は、自分自身の能力不足だったことがよくわかる。その能力不足は、やはり勉強が足りなかったことが原因であろう。

しかし、ここでそのことをグチっても仕方ない。すでに済んでしまったことだから、それ自体は何ともしがたい。そこで、先行きは短いが、これからのことを考えよう。しかし、十年前にも同じことを考えたのだが、その後もやはり恥と悔いが多く残ってしまったことを思い出す。もしかしたら一生の間、なおらない愚かな癖かもしれない。困ったことである。
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