rikの新句(十九音)独り言。固定概念にはとらわれず、現時点で「生きている証明」をしました。
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間違っているかもしれぬ、死後の概念。
死んだらすべてが終わりだという。確かに、そのとおりかもしれない。
しかし、私は死後の概念いついて別な考え方をしている。
むろん肉体は焼かれて、なくなってしまう。脳も灰になってしまうから、もはや生前のような機能はしないだろう。
しかし、意識が残るような気がする。それは、死後の世界とか丹波哲郎さんが言うような大霊界などとはまったく違って、単に感覚だけの空間ではないだろうか。意識というかこころというか、知覚の一種である感覚なのである。
その感覚は、電磁波やプラズマのようなものであって、空間を漂うことができる。つまり、物質ではない。それは感じるものであって、古くから寺や神社などがあるのもうなずける。こころが脳にあるというのは、もしかしたら間違っているかもしれない。と、私は思う。
死んだらすべてが終わりだという。確かに、そのとおりかもしれない。
しかし、私は死後の概念いついて別な考え方をしている。
むろん肉体は焼かれて、なくなってしまう。脳も灰になってしまうから、もはや生前のような機能はしないだろう。
しかし、意識が残るような気がする。それは、死後の世界とか丹波哲郎さんが言うような大霊界などとはまったく違って、単に感覚だけの空間ではないだろうか。意識というかこころというか、知覚の一種である感覚なのである。
その感覚は、電磁波やプラズマのようなものであって、空間を漂うことができる。つまり、物質ではない。それは感じるものであって、古くから寺や神社などがあるのもうなずける。こころが脳にあるというのは、もしかしたら間違っているかもしれない。と、私は思う。
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