rikの新句(十九音)独り言。固定概念にはとらわれず、現時点で「生きている証明」をしました。
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知ることのよろこびを知る、日々の幸せ。
何が何だかわからないのが、私たちの人生である。
納得をしていたことにも、裏があったりする。さらに、裏の裏。まったくわからないのが、現実である。
学問や常識も、いつくつがえされるかわからない。
とくに、人間の評価などは不安定なもの。価値観さえが大きく変転していく時代であるから、むしろそれが当然のことかもしれない。
戦前の考え方と戦後のそれを比べれば、よくわかる。よくもこれほど変るものかと、驚いてしまう。つまり、誰もがコロリと変化をしてしまうのだ。そして、「一億総懺悔」などと言ったりする。
少なくとも正しく知って、自分自身の中では納得のいくようにしたい。直感や本能もはたらかせて、自分なりの発見をする。そんなことが、日々の幸せではないか。
何が何だかわからないのが、私たちの人生である。
納得をしていたことにも、裏があったりする。さらに、裏の裏。まったくわからないのが、現実である。
学問や常識も、いつくつがえされるかわからない。
とくに、人間の評価などは不安定なもの。価値観さえが大きく変転していく時代であるから、むしろそれが当然のことかもしれない。
戦前の考え方と戦後のそれを比べれば、よくわかる。よくもこれほど変るものかと、驚いてしまう。つまり、誰もがコロリと変化をしてしまうのだ。そして、「一億総懺悔」などと言ったりする。
少なくとも正しく知って、自分自身の中では納得のいくようにしたい。直感や本能もはたらかせて、自分なりの発見をする。そんなことが、日々の幸せではないか。
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