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rikの新句(十九音)独り言。固定概念にはとらわれず、現時点で「生きている証明」をしました。
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面白くないことばかり、なぜ思い出す?


私も古希も過ぎて、ぼつぼつ人生も終わりに近づいてしまった。そんな時期に、過去のことをしばしば思い出す。とくに、若かったころの思い出。しかし、どうしたことか楽しかった思い出は少なく、面白くなかったことの思い出が多くよみがえってくるのはなぜか。

記憶というのは、不思議なものである。あたかも文章で綴った物語の中で、ある部分だけを鮮やかに覚えていて、思い出がそこにつながっているようだ。その箇所になると、語句までが生々(なまなま)しく感じられる。

それが、単に人間の脳がもたらした感情などとは思えないのである。むしろ、全身がその中に入っているような生々とした感じである。面白くない記憶や、不愉快な思い出に、苛(さいな)まれることがないようになりたい。


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プチさんの場所、もう一度、訪ねてみたし。


かつて行ったプチさん(プティ散策)の場所に、ふっと行ってみたくなるときがある。記憶の中で、なぜか呼び戻されるのであろう。

芭蕉の『笈日記』「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」ほど激しくはないが、何となく懐かしくなって、もう一度行ってみたくなる。芭蕉は元禄七年(1694年)に「旅先で死にかかっても見る夢は、まだ知らぬ枯野を駆け回っている夢だ」と言った。

私は、そんなに大げさではないが、行ったところをもう一度訪ねてみたくなる。芭蕉ではなく、むしろ犯人が現場に戻りたくなる心理に近いのかもしれない。しかし、横着をして実際には行かずに、グーグルやヤフーの地図で見たりする。そして、さらにストリートビューや航空写真なども見て懐かしんだり、楽しんだりする。足が悪くなって、歩行にも支障をきたしたからである。
食べ物に個人差があり、例外もある。


極端な話であるが、何も食べなくても生きていられる人がいるらしい。また、毎日酒だけを飲んで、元気に活躍した人もいる。

何も食べない人は、インドなどで話題になる聖者にある。光岡知足氏の意見では、腸内細菌の善玉菌がカロリーを生産してくれるらしい。いっぽう、酒だけの人は横山大観。

横山大観(よこやま たいかん 1868~1958)は、日本画家。岡倉天心や橋本雅邦に師事して、日本美術院の創立に参加した。岡倉天心の没後は、再興日本美術院を主宰した。朦朧体(もうろうたい)という画風を試みて、日本画の近代化に大きく貢献した。また、水墨画でも新境地を開拓した。大観にとって酒(三原市の「醉心」)が主食であり、米は一日を通じて朝お茶碗軽く一杯程度のもの。後は、全部「醉心」でカロリーを取っていたといわれる。そして、九十歳の長寿で往生した。

楽しみは、早朝に行く吉野家の食事。


最近になり、自分で朝飯を作るのが面倒になった。そこで、七時前後に吉野家に行く。なお、吉野家・松屋・なか卯・すき家が部屋から五分程度のところに、二十四時間営業でやっている。朝に吉野家へ行くと不思議なことに、ほとんど客がいない。

そこで、朝飯とビールを注文する。朝飯は牛丼でなく、朝定食のことが多い。また、夏の期間限定で、鰻丼のあるときはそれにする。ビールは、よく見学に行くサントリーの府中工場でできたモルツ。深層から汲み上げた地下水を使っているので、とてもおいしい。

それで満腹して、いい気分になって、部屋に戻る。そして、少しばかり眠る。昼寝と言っては、すこし早い時間だが気持ちがいい。現職時代には、考えられなかったことである。千円以下で、このような至福の時間が得られることを何とも有り難いことだと思う。
楽しみは、ルパで焼きたてパンを味わう。


京王沿線にルパ(Le repas)というパン屋がある。聖蹟桜ヶ丘にもあり、場所を西口改札前に移してから、大繁盛である。かつて、大倉先生と行った北側通路のときは、あまり人が入っていなかった。店の位置は、来客数にかなり重要なようである。

それはともかく、焼きたてパンはおいしい。私は、とくに「フレンチチーズ」(140円)が大好き。しかし、それがないときは「メロンパン」(130円)や「博多明太フランス」(230円)を選ぶ。

飲み物は、アイスコーヒー(230円)またはアイスカフェオレ(260円)。それで、店内に30分くらいいる。一人のときが多いが、妻と一緒のときもある。店内から、改札を通る人を見ることができる。たまたま知った人が、こちらには気付かずに通り過ぎることもある。何とも、楽しい時間である。
老いてから、社会の隅で小さく暮らす。


社会の隅にいるから、ダメというわけではない。高齢者になってシルバーパスなどを利用しているときは、どうしても乗り物で遠慮せざるをえない。しかし、「隅」と言っても「国宝とは何だ? 宝とは道心だから、道心ある人が国宝だ。つまり、わずかな経典などは国宝でなく、ひと隅を照らすこと、これ即ち国宝なんだ」とも言う。

また、「隅の老人」という短編小説がある。バロネス=オルツィだったと思うが、「安楽椅子探偵」などとも言われる。なぜならば、隅の椅子で考えて、事件を解決するからである。

私は社会の隅で小さく暮らしているが、卑屈になっているわけではない。実は伝教大師(最澄)ほどは隅を照らせないが、オルツィくらいの推理ならばできないことはないと考えている。
きょうあすでないが、ぼつぼつ死の準備する。


突発的な事故にでもあわない限り、きょうあす(今日明日)に死ぬことはないと思う。しかし、すでに古希を過ぎたので、死の準備をしておくことが必要ではないか。つまり、いつ死んでもよいような心がけである。

人生五十年と言った時代があった。その時代には、七十歳などというと「古来希(まれ)」である。しかし、現在は寿命が伸びたので、高齢者がうじゃうじゃといる。私も、その中の一人である。中には、半分死にかかっているような人も多い。

そこで、死ぬことに関して、いろいろと心の準備をしておきたいと思う。まず、死とは何かを知っておくこと。つまり、死んだら自分がどうなるかという現実。あたかも、自分が引っ越し先の環境をまったく知らないままに、そこへ行って迷うようなことがないように。
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