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rikの新句(十九音)独り言。固定概念にはとらわれず、現時点で「生きている証明」をしました。
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「ら抜き」だが、「食べれる」ことと「見れる」幸福。


私は、自分が外食をして何でも「食べられる」ことと、自宅でケーブルテレビなどを「見ることができる」のを幸福と思う。自分の健康が維持できるし、さらに知的空間が広がっていくからだ。

言葉に対して、識者の意見が喧しい(かまびすしい)。
日本では、言語学者が言葉を作るのではなく、向こう三軒両隣、ちらほらする人たちが勝手に作って広げていく。そして、やがて、なぜか、広辞苑に載る。
フランスのように、アカデミーで認めないと「新語」ができないようにすれば、現在もチェンバレンやモラエース(モラエス)が言ったような美しい日本語であったろう。
私は、最近になって敬語以外は「ら抜き」の言葉にした。なぜならば、早晩そうなるであろうと思うから。

若い人は、敬語さえも意識しないのではないか。
そこで、「旧約聖書」の神や「新約聖書」のイエスのお言葉さえ、敬語抜きにしてしまったのだが。
はてさて。
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