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rikの新句(十九音)独り言。固定概念にはとらわれず、現時点で「生きている証明」をしました。
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貧しさに、耐えて忍べば、楽しかるべき。


『論語』に書かれている顔回(がんかい)は、貧乏でした。しかし、心が豊かであったために、学問に励んで日々を楽しく過ごしました。
残念なことに、若くして亡くなり、孔子を悲しませたということです。

『徒然草』に出てくる許由(きょゆう)という人も貧乏でした。
その第十八段には、次のように書かれています。

<人は己をつゞまやかにし、奢(おご)りを退けて、財(たから)を有(も)たず、世を貪(むさぼ)らざらんぞ、いみじかるべき。昔より、賢き人の富めるは稀(まれ)なり。

唐土(もろこし)に許由(きょゆう)といひつる人は、更に身に隨へる貯へもなくて、水をも手して捧げて飮みけるを見て、なりひさご(瓢)といふ物を人の得させたりければ、ある時、木の枝にかけたりければ、風に吹かれて鳴りけるを、かしかましとて捨てつ。また手に掬(むす)びてぞ水も飮みける。いかばかり心の中(うち)涼しかりけん。>

許由に続いて、孫晨(そんしん)のことも書かれています。
ご関心のある方は、『徒然草』の第十八段をお読みください。
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