rikの新句(十九音)独り言。固定概念にはとらわれず、現時点で「生きている証明」をしました。
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楽しみは、初めての道、小さな発見。
老いてしまったせいか、あまり遠くへは行けない。
しかし、近場のそぞろ歩きの中にも、大きな楽しみがある。
それは、ちょっとした小さな発見ができること。
路傍に咲いている美しい花や、珍しい花。そして木々。また、石や建物、さらに景色などすべてだ。
そして、暑い日差しのときの木陰の気持ちよさ、吹いてくる涼しい風なども。
そんな中に楽しみがあったり、小さな発見がある。
ときには、デジャビュ(既視感)というのであろうか、何となくなつかしい気持がする場所がある。
もしかしたら、幼いときに同じようなところに来たのかもしれない。さらに、自分ではなく、父母や祖父母たちがそこにいたのかもしれない。理由はわからなくても追体験をすることは、なかなか興味深い。
そんなことを考えると、楽しくなってしまう。
初めてのコースを行くと、そんなことがよくある。
老いてしまったせいか、あまり遠くへは行けない。
しかし、近場のそぞろ歩きの中にも、大きな楽しみがある。
それは、ちょっとした小さな発見ができること。
路傍に咲いている美しい花や、珍しい花。そして木々。また、石や建物、さらに景色などすべてだ。
そして、暑い日差しのときの木陰の気持ちよさ、吹いてくる涼しい風なども。
そんな中に楽しみがあったり、小さな発見がある。
ときには、デジャビュ(既視感)というのであろうか、何となくなつかしい気持がする場所がある。
もしかしたら、幼いときに同じようなところに来たのかもしれない。さらに、自分ではなく、父母や祖父母たちがそこにいたのかもしれない。理由はわからなくても追体験をすることは、なかなか興味深い。
そんなことを考えると、楽しくなってしまう。
初めてのコースを行くと、そんなことがよくある。
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