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rikの新句(十九音)独り言。固定概念にはとらわれず、現時点で「生きている証明」をしました。
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渡邊五郎師のように、物事をはっきりと言う人は、私の知り合いの中に、あまりいない。
むろん私は師を尊敬している。そして、師のはっきりとした意見の中に、学ぶべきことが実に多いのである。
師がはっきりと言うことは、師が多くのことを経験して、理解しているからであろう。
そのように、博識がある人であるが、尊大ではなく、むしろ謙虚な人である。
今までの人生の中で、私があまりお目にかかったことがないタイプの知識人と言えるのではないだろうか?
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「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて 冷(すず)しかりけり」
道元(曹同宗の開祖・1200~1253)の作ではないかと思うが、何とも見事な出来映えである。
ホトトギスの鳴き声は、ウグイスと比べると、地味であって、短い繰り返し。
ウグイスが、「法、法華経」と鳴くのに対し、ちょっと物足りない。
しかし、ここで言いたいのは、この新句(十九音)は短歌と異なるので、道元の作品と同じ字数が入らないこと。しかたないので、舌足らずにならないように「…………」で補っておく。
「…………」の部分には、「秋は月 冬雪さえて 冷(すず)しかりけり」というイメージが入ると、自分が思えばよいのである。
いつも、似たようなことを呟くが、この新句(十九音)では、まったく同じ作品が、いくつあってもよい。
また、リズムも五七七、七五七、七七五などであってもよい。かなり、自由なのである。
UFOが飛来して、拉致されたり、どこかの国からミサイルが飛んできて、部屋を破壊されたりするような大事件もなく、何となく日々が過ぎているということ自体、幸福でもあるし、不思議でもある。
ここにある作品の説明は、短くても長くてもよいし、また、なくてもよい。
とにかく、日々続けることが大切なのである。
このごろ、朝から疲れ気味である。そして、身体が何となく重い。
日医大を退院してから、日々、リハビリテーションとして、散歩や徒歩などをしている。晴れた日は、豊ヶ岡北公園を一周、雨の日はこの建物の通路と階段を利用する。いずれも、身体にかなりきつい。
部屋に居るときは、なるべく動くようにする。身体が固まってしまわないように、するためである。
そんな状況の中でも、自分自身の身体が重く感じる。立ち居振る舞いが、何となく億劫。
加齢によるためであろうか、困ったことである。
老人の一人暮らしが増えている。そこで、いろいろと注意をしなくてはいけないことがある。
つまり、一人は気楽でいいが、自分自身が倒れたときである。そんなときは、自分で解決しなければ、誰も助けてくれない。
例えば、入浴である。風呂の中で倒れると、そのままアウトになってしまうことがある。浴槽から出られなくなってしまったり、立ち上がれなくなってしまうことさえあるらしい。
そこで、シャワーのほうが安全ではないかと思う。とくに、冬場の寒いときは、長湯さえも危険であると、考えたほうがよいでしょう。

与太郎が昼間からゴロゴロと長屋で寝ていたら、インテリの大家が来て、説教を始める。
「いい若い者が、昼間から寝ていては、よくない。何か仕事をしなさい!」
与太郎が答える。「仕事をすると、どうなるのですか?」
大家が、答える。「仕事をすると、お金が入る。」
与太郎。「お金が入ると、どうなるのですか?」
大家。「お金が入ると、寝ていることができる。」
すると、与太郎。「すでに、私は寝ている!」
チンするだけで、加熱ができる電子レンジ。私も、とうとう買った。とても、便利である。
しかし、以前に電気工学の玉野先生から聞いた話。
「遠赤外線で分子を加熱する方法は、今までに調理をする方法としては、利用しなかった。そのために、健康に好ましくないのではないか? 例えば、電子レンジで調理した肉類を食べ続けると、ガンなどになるのではないか?」
調べてみたところ、明確な回答はなかったものの、何となく心配である。
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