rikの新句(十九音)独り言。固定概念にはとらわれず、現時点で「生きている証明」をしました。
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俯(うつむ)きて歩みたる我には、彼岸花。
小道を俯いて、何となく歩いていたときのこと。
いったい自分の病気は、どうなってしまうのだろうなどと心配事を考えながら。すると、突然にぱっと赤いヒガンバナが路傍に咲いているのが視野に入る。
その瞬間に、何かがひらめいたのだ。
そして、かなり前に、
思案して歩みをるときふと曼珠沙華燃ゆるがごとき赤が目に滲(し)む
というような短歌を作ったのを思い出した。
もしかしたら、稚拙なので学生時代だったかもしれない。
何とも、すごいことではないか。
上の短歌作品の出来が、すごいなどと言っているのではない。そうではなく、条件反射のような早さで、完全に忘れていた記憶の断片を思いつくことだ。それこそ、電光石火のように過去の経験が、頭の中で検索できることがある。
自分自身のことでありながら、人間の脳がもつ不思議さと、さらにはその不気味さに驚いてしまう。
小道を俯いて、何となく歩いていたときのこと。
いったい自分の病気は、どうなってしまうのだろうなどと心配事を考えながら。すると、突然にぱっと赤いヒガンバナが路傍に咲いているのが視野に入る。
その瞬間に、何かがひらめいたのだ。
そして、かなり前に、
思案して歩みをるときふと曼珠沙華燃ゆるがごとき赤が目に滲(し)む
というような短歌を作ったのを思い出した。
もしかしたら、稚拙なので学生時代だったかもしれない。
何とも、すごいことではないか。
上の短歌作品の出来が、すごいなどと言っているのではない。そうではなく、条件反射のような早さで、完全に忘れていた記憶の断片を思いつくことだ。それこそ、電光石火のように過去の経験が、頭の中で検索できることがある。
自分自身のことでありながら、人間の脳がもつ不思議さと、さらにはその不気味さに驚いてしまう。
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