rikの新句(十九音)独り言。固定概念にはとらわれず、現時点で「生きている証明」をしました。
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着るというよりも着られる感じは病(やまい)?
ふつう私たちは衣服を着ているが、そんな感じはあまりしない。しかし、ともすると肌の周りに着物があるのを何となく感じることがある。つまり、自分自身の身体がシャツやパンツの入っているという感覚である。
それは、そもそも肌に付ける衣服が、反対に衣服の中に肌が納まったという逆の気持になる不思議な状態。なぜならば、身体自体が自分の意識の中に置かれたことになるからである。
そのようなときは、私の場合、身体全体が不調であるときが多い。何でもそうだと思うが、ふだん感じないことを意識するときは、知覚神経が普通ではないことがある。だから、ことさらに衣服を意識したり、その中に入っている自分自身を感じたりするのであろう。本来は、衣服と自分は一体で、その境目をあまり意識しないのが、ふつうである。
ふつう私たちは衣服を着ているが、そんな感じはあまりしない。しかし、ともすると肌の周りに着物があるのを何となく感じることがある。つまり、自分自身の身体がシャツやパンツの入っているという感覚である。
それは、そもそも肌に付ける衣服が、反対に衣服の中に肌が納まったという逆の気持になる不思議な状態。なぜならば、身体自体が自分の意識の中に置かれたことになるからである。
そのようなときは、私の場合、身体全体が不調であるときが多い。何でもそうだと思うが、ふだん感じないことを意識するときは、知覚神経が普通ではないことがある。だから、ことさらに衣服を意識したり、その中に入っている自分自身を感じたりするのであろう。本来は、衣服と自分は一体で、その境目をあまり意識しないのが、ふつうである。
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