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rikの新句(十九音)独り言。固定概念にはとらわれず、現時点で「生きている証明」をしました。
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オシッコを飲む療法は効くか、効かぬか?


オシッコを飲むという不思議な療法が、昔から世界中にあるようだ。尿療法、尿飲療法、飲尿療法などというようだか、私は「ラップリン療法」と言う。個人差があるので、一概に効果については言えないが、楊貴妃やクレオパトラも行っていたと、かつて何かで読んだことがある。

なぜラップリンなのかというと、私のは飲むのではなく小さじに一杯くらい舐めるのである。ガブガブ飲まなくても、それでじゅうぶんと考えるから。つまり、尿の成分を口腔の中にある器官を経由して、脳に判断させる。そして、フィードバックをしてホメオスタシスを実現する。

尿に効果があるということは、生まれる前は母の胎内で自分自身の尿の中にいたこと、尿から作る薬があって原料の尿を輸入していることからわかる。また中尾先生の書いたものや政木博士の講演などから、信じるに足るものと私は思う。古くは、一遍上人の「よろつのやまひの薬」が尿療法であった。

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歩いてはダメ、人体の構造ゆえに。


健康は、食事と生活習慣によるという。そして、生活習慣は歩くことの必要性を説く。もっともなことである。

しかし、人類の過去を考えてみると、現代は特殊な時代でもあろう。そもそも直立をして歩くようになったのは、生命の歴史を考えると、だいぶ後のことである。つまり、人類は四足歩行から二本足で立ったことにより、脳の発達が可能になったという。

その時点で、本来は梁(はり)として身体を支えていた背骨が、90度もずれて柱として用いられることになる。まったく不安定な状態が日常の姿となった。そんなことを考えると、過去の後ろ足、つまり両脚に負担がかかるのは当然。したがって、高齢になると腰や膝に支障をきたす。あまり歩いては、かえって関節などが磨耗してしまうからである。
知らないということ自体、罪でもあるか?


今まで無知であったために、大きな失敗をしたり、病気にかかってしまった。もっと勉強をして、早くから注意をしていたら、こんなことにはならなかったと後悔をする。スピノザではないが、自分が二重に不幸であり、無能であったからである。

仏教の教えでは、「知らない」ということ自体を「罪」と考えるらしい。考えてみると、「知らなかった」では済まされないことが多いからでしょう。そんな意味で、一生が終わるまで知識を整理・確立していかなければならない。

話は違うが、日本人の平均寿命は世界一だという。しかし、いわゆる健康で高齢期を迎える人は少ない。ボケてしまったり、アルツハイマー病になる人も多い。健康寿命というか、身体の不調は少々あっても、脳の機能だけは死の直前までしっかりと保ちたい。そして、最後まで正しい判断をしたいと思う。


当面の問題をまず解決しよう!


いろいろとしたいことがある。しかし、体力がないので大きなことはできないだろう。また、体調が優れないのでムリもできない。そんなことで、身近な身の回りの問題を解決する必要がある。また、病気の場合はそれを治すのが先決。そして、今までの知識の総動員をして、解決に当たる。

ここで、常識という曲者(くせもの)を一掃する必要がある。例えば、私が病気になったのは、間違った情報からである。個人差もあるだろうが、いろいろなパターンを考えなければならない。

糖尿病なども、インシュリンの分泌が悪くなってしまうと、なかなか治らない。そこで、新しい方法として自分自身の責任でノーカーボ法(nocarbohydrate)やラップリン法(rapurine)を確かめてみることにした。
改めて、「糖尿病の治療法」知る。


糖尿病になると、食事療法と運動療法が必要だという。食事はかなりのカロリー制限、そして運動は日々の歩行など。しかし、それを守っても治らないという人もいる。また、それらが厳しくて達成できない人も多いらしい。

そこで、インシュリンがあまり働く必要がない食事にすることを考えたほうが結果的に速いかもしれない。つまり、炭水化物や糖質の食事をなるべく避けることである。炭水化物を食べると、ふつうインシュリンがドカッと出る。炭水化物といえば、主食の米・パン・うどんなどである。インシュリンを必要としないために、その主食を食べないというのは、なかなかきついかもしれない。

しかし、逆にインシュリンを大量に必要としなければ、血糖値もあがらないでしょう。主食の分をおかずでまかなうので、すぐに空腹を感じる。また、費用もかかることになる。しかし、確かめてみる価値はありそう。私はその方法を、個人的にノーカーボ法(nocarbohydrate)と呼ぶ。

病むことは不可避でもあり、現代社会。


現代社会といっても人類の歴史から考えると、ごく最近のわずかな期間。二足歩行になって前足が手になり、脳の発達をうながしたらしい。しかし、後足であった脚には大きな負担がかかって、いろいろと不都合が生じる。例えば、腰痛・膝痛などである。

また、原始時代から考えると、炭水化物や糖質が食料になったのも、つい最近のこと。狩猟時代には、米やメリケン粉製品などは食べなかった。それに、砂糖。今でこそ安価であるが、祖母の時代には鍵をかけて保管をしたりした貴重品。

食べものが大変化をしたので、人体には異常をきたす。農薬や防腐剤などの使用によって、体内に化学薬品が蓄積する。外食などは、何を食べさせられているかわからない。体内の複合汚染などに、注意をする必要がある。
YouTube、知識の宝庫、知的空間。


YouTubeを始めてから半年にならないが、その間にいろいろなことがわかった。まず、ものすごい数の動画があること。内容は玉石混交ではあるが、私にとって貴重な内容のものが数多く含まれている。

例えば、クラシック音楽。著名な演奏家の名演奏があったり、子どもが弾いたピアノ練習曲があったり。ふつう、最長でも一本が10分程度であるから、数本にまたがる演奏がある。そのようなときは、再生リストとして自動的に連続して聞けるようにセットしておく。その作業は最初に一回しておくと、後は何回でも聞ける。

私の好きなヴィヴァルディの曲やラモーの曲などは、次々と再生リストにして楽しむことができた。また、基本的には健康と老化予防と安心立命に関する動画を集めてみた。それらの一覧を見ると、まさしく知識の宝庫から紡ぎだした一つの知的空間である。
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