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rikの新句(十九音)独り言。固定概念にはとらわれず、現時点で「生きている証明」をしました。
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愚かなり、古くてでかい家に住むのは?


そんなことを考えて、私は今の超高層ビルが新築・完成したときに引っ越しをしました。すべてが、新しい建物だからです。
また、全体はかなりでかい建物ですが、住んでいるところは小さい小部屋です。だから、ホテル住まいのような感覚でもあり、また「牢屋」「たこ部屋」のような感覚でもあります。

いずれにしても、公団の賃貸住宅ですから気楽です。
知人のように家の修理や保守に費用がかかるようになったと嘆く必要はありません。また、古くなれば他に引っ越せばよいのです。

でも、今のところは、すっかり気に入っています。
ですから、少々家賃が高くても、気になりません。
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ふらふらとする感覚で、思考しており。


頭は、いつでも物事を明快に判断しなくてはいけません。
ふらふらとするような判断では、あまり当てにならないからです。

そのためには、あまり考えすぎてもダメでしょうし、また考えることなくして過ごしても、やがて機能が衰えてしまうでしょう。

つまり、考えないこともいけませんし、考えすぎてもダメなのです。

アメリカの大企業で、

Think Think Think

と言う三連の言葉を社是にしているところがあるそうです。



鬱々(うつうつ)とするときもあり、うつらうつらも。


何となく気持が晴れなくて、憂鬱なときがあります。
そのようなときは、鬱陶しい気持をなるべく早くぬぐわなければなりません。ますます、それが進んでしまわないようにです。

また、眠気をもよおして、うつらうつらすることがあります。
いくら身体をしゃんとしていようとしても、ついとろっと眠気に引き込まれます。

そのようなときは、血液中に糖が残っていることを考えてください。
つまり、糖尿病になって尿糖が出ているのでしょう。
ふつう、食後2時間もすれば血液中の糖はなくなると言います。しかし、糖尿病の症状が進むと半・半日(6時間)くらい尿糖が出続けることがあります。

もはや、そうなると抜本的な体質改善が必要になるでしょう。
恵美子さん、ふっと名前の懐かしさあり。


聖蹟桜ヶ丘VITAの7階で、恵美子さんという人に会うたびに、私はたまらなく懐かしく思う人があります。

しかし、私の「恵美子」さんは、その恵美子さんのように「ふくよか」、あらっぽく言えば「ちょっとでっぷり気味」ではありませんでした。むしろ、ひょろひょろしとしているやせ形だったのです。そして、最期のときは一層に痩せてギスギスしてしまったという話です。

私は、残念ながら彼女の死に目には会っていないので、見たわけではないのです。

その人のことを、「絵美子」という名前に変えて、『カンムリバト』として、記憶のために物語としてまとめてみたんですが。

可能性、一つずつ、わが過去に失う。


考えてみれば、可能性を次々と一つずつ失いながら、人生を引きずってきたようにも思うのですが。

若かったころは、希望に満ちあふれていました。
それが、今になってみると何となく気力がなくなってしまったのです。

そして、ふっと暗い気持ちになっています。
この間、フィッシャー=デスカウと言ったでしょうか、『冬の旅』という曲を聴いていましたら、最後の「辻音楽家」というところで、なぜかそんな暗い気持ちになりました。

ただ、上のテノールだったアルトの名前やシューベルトの曲名などは、もしかしたら記憶違いをしているかもしれませんが。
木漏れ日の道を歩めば、懐かしき日々。


木漏れ日のした林道を歩いていると、ふっと懐かしい気がします。
もしかしたら本能的に、誰でもが感じる気持なのかもしれません。

しかし、私の場合は幼いころの記憶が強いようです。
実際に、そのような経験が何回かあるからです。

小学生のころは、まだ住んでたところの回りに雑木林などが残っていました。そして、近道をするときには、その中を通って行けるようになっていました。
カブトムシやクワガタを捕りに行ったこともありましたが、首つりをした人がいたりもしました。

ですから、子どものころに感じた気持が、何となくノスタルジアとして出てくるのでしょう。
楽しみは、梅雨明け晴れて、野を歩くとき。


梅雨の間は、あまり歩けません。
とくに、林道などは湿っているので、素足にサンダルの私には苦手です。
また、蝮(まむし)などに噛まれる危険性も大きいのではないでしょうか。

そんなわけで、梅雨が明けて晴れた日がくるのが楽しみです。
山林を歩くと言っても、そこに「自由が存す」などとは思っていません。ただ、何となく雰囲気が好きだからなのです。

そして、歩くところは多摩ニュータウンに隣接して、まだ「武蔵野」の面影が濃く(こく)残っているところです。
例えば、町田市の小山田地域などです。

あなたも、行ってごらんになれば、おわかりになるでしょう。
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